沖縄の夏の風物詩のひとつにエイサーがある。パーランクー(沖縄で使われている小さな太鼓)や太鼓を打ち鳴らして踊るエイサーは、そもそもお盆にグソー(あの世)から帰ってきたご先祖の霊にご馳走して供養するという信仰が芸能化したものだという。ところが近年では、夏に開催されるコザの『沖縄全島エイサーまつり』を筆頭に、秋の文化祭や運動会、春の学芸会、村落での祝賀行事などでも踊られている。お盆行事であるはずのこのエイサー、それ以外のときにも踊るようになったのはなんでだろう?まずはエイサー発祥の由来をみてみよう。『琉球国由来記』によると、1603年、仏教を伝えた袋中上人という僧侶が、教義をわかりやすくするために踊り念仏を伝えたとある。この踊りが盆踊りとなり、その後、モーアシビ(毛遊び)の歌を取り入れながら、エイサーへと移行していったという(ちなみにモーアシビとは、ひと昔前の沖縄風コンパのこと)。当時のエイサーは、地域ごとに家々をまわりながら踊られていた。終戦から約10年。地域ごとに踊られていたエイサーに大きな変革が起こる。
通路をはさんだ向かいのボックスには20代後半の若い男性が1人、滝川発車時から陣取っている。クイズの本を読み終えた彼は、リュックから太平洋戦争についての戦記本を取り出して読み始めた。何となく「アオハリー」のような気もしたが、やはり違うようにも思える。「これぞアオハリーこれぞ鉄道」といった、はっきりとしたカラーが彼にはない。このシーズン、若い男の一人旅という点だけでも、かなりアヤしいのだが…。疑わしきは何とか。やはり同好の士ではないと、ひとまず結論を出した。茂尻に着くと、今は無人となって使われていない駅事務室の窓が、無造作にベニヤ板で塞がれていた。確か以前、手書きの古びた駅名板が掲げられていたが、それさえも見当たらない。少し寂しい。次の平岸を発車した後、列車は再び空知川に寄り添うようにして進む。2000年からJR北海道では、普通列車に限って全線で禁煙。長旅だが車内で一服することは、できない。灰皿もきれいに撤去されている。3年前の折は、備えつけの灰皿に残っていた「JNR」マーク(国鉄の英文ロゴマーク)に感動したものだが…。
海外旅行に出かける日本人が年に五百五十万人にものぼるようになった。その中には年に何回も商用で出かける人たちが重複して計算されているから、実数はそんなにたくさんいるわけではないが、それでも十年前には想像もできないような数字であることに間違いはない。はじめて外国に出かける時は誰でも緊張をする。「パスポートは生命の次に大切なものだ。パスポートを紛失したら、動きがとれなくなるから、絶対なくさないように」と添乗員の人に注意されても、それが必ずしもピンと来ない。私と一緒に旅行した人の中には、飛行機の座席の前のポケットにパスポートを突っ込んだまま平気で飛行機から降りた人もいるし、ディズニーランドの土産物店で、お土産の代金を支払っているときに目の前においたカバンごと盗まれてしまった人もいる。座席のポケットに忘れたパスポートならすぐ戻ってくるが、盗まれたパスポートは盗難届を警察に出したり、大使館に再発行の申請に行ったり、パスポート用の写真を新しく撮りに行ったり、本国照会の返信がくるまでに少なくと丸二日間はかかるから、先を急ぐ旅をしている者にとってはふって湧いた災難のようなものである。
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